東京地方裁判所 平成8年(行ウ)85号 判決 1997年10月02日
主文
一 本件各訴えのうち、被告の制裁処分が無効であることの確認を求める訴えを却下し、その余の訴えに係る原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告が、原告に対し、平成四年から平成七年まで毎年六月開催の定期支部総会において科した制裁は無効であることを確認する。
二 被告は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成八年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要等
一 事案の概要
本件は、被告が、平成四年から平成七年の各六月に開催した定期支部総会の議案書(以下「本件各議案書」という。)中、財産目録の未収入金欄に原告の氏名並びに平成二年度以降未納となっている原告の支部会費の金額を記載した上、本件各議案書を、それぞれ、被告の会員に配布し、東京税理士会に提出し、被告事務所内に保管した各行為(以下「本件各行為」という。)が、原告に対する違法な制裁処分に該当するとして、その無効であることの確認及び本件各行為により被ったとする精神的損害の賠償として二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
二 争いのない事実等
1 当事者等(甲第五一ないし第五三号証、第七四号証の一、第八一号証、第八八号証の一、二、第九〇号証、乙第一、第二号証)
(一) 被告は、税理士法(以下「法」という。)四九条の三の規定に基づき東京税理士会により荻窪税務署の管轄区域に設置された支部であり、右管轄区域内に事務所を置く税理士を会員とし(法四九条の六第四項)、東京税理士会荻窪支部規則(以下「支部規則」という。)を設け、それに基づき、支部総会、支部長その他の役員及び幹事会を置き、多数決の原則により、支部業務の執行、支部会費の徴収その他の財産管理を行っている法人格なき社団である。
(二) 原告は、昭和三九年に税理士登録(東京税理士会所属)をし、本件各行為の当時において、被告の会員であった。そして、原告は、平成四年三月九日、東京地方裁判所において破産宣告決定(同裁判所平成三年(フ)第二〇五一号事件)を受け、平成七年一二月二〇日付けで、日本税理士会連合会により、法四条三号該当を理由として、法二六条一項四号に基づき、税理士登録を抹消された(なお、原告は、平成八年三月二九日、免責許可決定(同裁判所平成四年(モ)第二四一〇号を得、右決定は、同年五月二二日に確定している。)。また、原告は、生活保護法による被保護者として、平成六年一月二〇日から同年一〇月三一日までの間、生活扶助、住宅扶助及び医療扶助を受け、平成七年五月二六日以降は、住宅扶助及び医療扶助を受けた。
2 本件各行為及びそれに至る経緯
(一) 東京税理士会は、支部において取り扱う会計処理に関する必要事項を定めた支部経理取扱要領を定めているが、平成元年一二月七日、未収支部会費を、流動資産に計上し、「貸借対照表」に記載するとともに、その内容を財産目録に記載すべき旨の支部経理取扱要領の改正を東京税理士会支部長会において了承し、同月八日、東京税理会理事会において決定した。(乙第五号証)
(二) 被告は、支部規則三八条において、会員が支部会費を負担すること及び支部会費を各事業年度(事業年度は、その年の四月一日に始まり、翌年三月三一日に終わる。支部規則三七条)の七月三一日までに納付しなければならない旨定めているが、平成二年六月一三日に開催された被告の定期支部総会において、支部規則三八条が改正され、支部会費の金額が、平成二年四月一日に遡って、一事業年度につき、二万四〇〇〇円であったものが三万六〇〇〇円とされた(支部規則附則)。(甲第二一号証の一、二、乙第二ないし第四号証)
(三) 右東京税理士会の支部経理取扱要領の改正に対応して、被告は、平成三年四月一六日開催の幹事会において、平成二年度分以降の支部会費未納分を未収入金として、決算報告書の貸借対照表及び財産目録において資産として計上し、かつ、その内訳である支部会費未納者の氏名及び未納金額を記載することを決定した。(乙第六号証)
(四) 原告は、平成二年度以降の支部会費の支払をしていなかったため、被告は、平成四年三月二一日付けで、原告に対し、「支部会費納入のお願い」と題する文書を送付し、未収支部会費は貸借対照表に記載してその内訳を表示することになった旨を通知した。(甲第三号証の一、二)
被告は、平成四年六月一二日、平成五年六月一一日、平成六年六月一三日及び平成七年六月一五日、それぞれ定期支部総会を開催し、本件各議案書中、財産目録の未収入金欄に、支部会費未納者として原告の氏名及びその未納支部会費の金額を記載した。本件各議案書は被告の会員に配付され、東京税理士会に提出された上、被告事務所に保管されている。(甲第一号証、第二二号証の一ないし五、第二三号証の一ないし六、第八五号証)
第三 争点及びこれに対する当事者の主張
一 争点
1 被告の本件各行為が行政処分に該当するか。
2 本件各行為の違法性
二 当事者の主張
1 争点1(本件各行為の処分性)について
(一) 原告の主張
被告は、法四九条の三の規定によって設けられ、支部会員に対する指導、連絡及び監督権限を有する公共団体であり、また、原告は、本件各行為により損害を受けるおそれがある者に該当し、処分の無効等確認の訴えの原告適格を有する。
(二) 被告の主張
行政処分とは、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものであるところ、被告の本件各行為は、それによって直接原告の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものではなく、行政処分に該当しない。
2 争点2(本件各行為の違法性)について
(一) 原告の主張
原告は、その意思にかかわらず被告への加入を強制されており、退会の自由もない。そして、税理士の所属税理士会及び日本税理士会連合会の会則遵守義務を規定した法三九条は訓示規定であり、また、被告は、単なる法人格なき社団にすぎず、同条にいう所属税理士会には、被告は含まれない。また、被告の会員の支部規則遵守義務を定める支部規則八条も訓示規定である。
したがって、支部会費は、税理士の良識で処理される自然債務であり、原告には支部会費の支払義務は存在しない。また、原告は、生活保護法による被保護者であり、同法五七条に規定する公課禁止により、支部会費の支払義務は存在しない。
しかるに、被告は、右支部会費の未納を理由に本件各行為による制裁処分を行ったものであるところ、税理士に対する制裁は、大蔵大臣の専権事項であって、制裁の種類、方法及び手続は、法四四条ないし四八条に規定されているものに限られる。そして、東京税理士会と被告は法人格を異にするから、東京税理士会の支部経理取扱要領を被告において適用する余地はなく、仮に適用があるとしても、支部会費は自然債務であって、財産として財産目録に記載されるべきものではないから、本件各行為は、法律の根拠なく行われた税理士に対する制裁であり、違法である。
被告は、原告が、生活保護法による被保護者に該当することを知りながら、または知りうべきであったにもかかわらず、あえて、自然債務である支部会費を徴収するための間接強制手段として、本件各行為を行ったものであり、本件各行為が正当業務として違法性が阻却される理由はない。
また、被告は、会費未納者三名中、一名を匿名とするなど不公正、不透明な手続によって、故意に原告の名誉、プライバシーを毀損したものである。
(二) 被告の主張
法三九条は、税理士の所属税理士会及び日本税理士会連合会の会則の遵守義務を定めているところ、東京税理士会会則六八条一項は、支部規則を定めなければならないと定め、同条二項七号は、支部規則には支部の会費に関する事項を定めるべきことを規定する。そして、被告の支部規則三八条は、会員は支部会費として各事業年度の七月三一日までに三万六〇〇〇円を納付すべきことを定めており、原告には、支部会費支払義務がある。そして、原告自身、被告に対し、昭和五七年一二月一日、支部会費の延納を申請しており、その当時から、支部会費の支払義務が存在することを認識していた。
被告は、東京税理会が定めた支部経理取扱要領に従って、被告幹事会の決定を経て、本件各行為を行ったものである。また、支部会計の健全な運営及び支部会員間の公平を図るためには、支部会費を滞納している会員の氏名を被告内部で公表する必要があり、以上によれば、被告の本件各行為は、正当な業務による行為であって違法性がない。
三 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 本件各行為の処分性について
抗告訴訟とは行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいい(行政事件訴訟法三条一項)、右公権力の行使に当たる行為とは、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最高裁判所昭和三〇年二月二四日第一小法廷判決・民集九巻二号二一七頁、同昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決・民集一八巻八号一八〇九頁)。
これを本件について見ると、被告の行った本件各行為は、平成四年から平成七年までの毎年六月に開催された被告の定期支部総会の開催に当たり、本件各議案書中、財産目録の未収入金欄に、支部会費未納者として原告の氏名及びその未納支部会費の金額を記載し、本件各議案書を、支部会員に配付し、東京税理士会に対して報告をし、被告事務所内において保管したというものであって、右は、事実上の行為にすぎず、それによって直接原告の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえないから、行政処分に該当しないというべきである。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件各訴えのうち、本件各行為が無効であることの確認を求める訴えは、抗告訴訟の対象となし得ないものを対象とする不適法な訴えである。
二 次に、本件各訴えのうち、原告が本件各行為によって被った精神的損害の賠償を求める請求について検討する。
1 法三九条は、税理士の所属税理士会及び日本税理士会連合会の会則の遵守義務を定めているところ、前記「争いのない事実等」及び証拠(乙第一、第二号証)によれば、東京税理士会会則六八条一項は、支部規則を定めなければならないと定め、同条二項七号は、支部の会費に関する事項を支部規則に委任し、被告の支部規則三八条は、会員の支部会費の支払義務を規定していることが認められ、以上によれば、原告は被告に対し、その支部会費を支払うべき義務を負っているということができる。
これに対し、原告は、支部会費の支払義務は自然債務であり、仮に自然債務でないとしても、生活保護法五七条の規定により、原告には、支部会費の支払義務は存しない旨主張する。しかしながら、法の規定によれば、国税局の管轄区域ごとの税理士の組織としての税理士会及びその下部組織として支部を置くことが予定されている(法四九条、四九条の三)ところ、税理士会及びその支部が組織を維持、運営していくために必要な資金を会員から徴収することは、当然予想されるところであり、法もこれを予定しているというべきであって、特に支部会費の支払義務を自然債務であると解すべき理由はない。また、原告の被告への支部会費の支払義務は、被告への加入が強制される関係上、原告の意思と無関係に支払義務を負うことになるという面は有するものの、その法的性質は、税理士の自治組織である被告の運営に当てられるべき会費支払義務であって、これが、租税その他の公課に該当しないことは明らかであるから、公課禁止を定める生活保護法五七条の規定とは関係がなく、原告の主張は理由がない。
2 そして、会員相互の拠出によって成立している社団において、会費を滞納している会員が存在している場合に、その滞納している者の氏名、人数及び各滞納金額等の詳細を知ることは、その他の会員にとっても重要な意義を有するということができるところ、証拠(甲第一号証、第六号証、第二二号証の一ないし五、第二三号証の一ないし六)によれば、被告の支部会費の改訂が行われた平成二年度以降の被告の収入において、被告支部会費収入は、その過半数を占めるものであることが認められるのであるから、被告は、その会員相互の拠出により成立している社団にあたるというべきである。しかも、法四九条四項の規定により、荻窪税務署管内に事務所を有する税理士すべてを会員とするという被告の社団としての特殊性をも考慮すれば、支部会費滞納者が存在する場合、その氏名、人数及び各滞納金額等の詳細は、支部運営上の重要な事項であって、被告の会員に対しても特に秘匿されるべきものではないということができる。
3 また、東京税理士会は、被告の設置主体(法四九条の三第一項、東京税理士会会則六五条一項)であり、被告を含む同会設置の支部に対する指導、監督に関する事務を行うべき立場にあり(法四九条六項、東京税理士会会則三条二号、四五条、四六条)、被告を含む支部に交付金を交付している(東京税理士会会則八〇条)。したがって、同会の支部経理取扱要領も、同会の右のような立場に基づいて定められているものというべきであるところ、それを前記「争いのない事実等」2(一)記載のとおり改正して、未収支部会費の内容を財産目録に記載することとした経緯に照らせば、各支部における支部会費滞納者の有無、その氏名、人数及び各滞納金額等は、同会にとっても重要な関心事であるということができる。
4 また、本件各行為の態様についてみるに、本件各行為は、本件各議案書中、財産目録の未収支部会費の内訳として、原告の氏名及び滞納金額を記載した上、本件各議案書を被告の会員に配布し、東京税理士会に報告するとともに被告事務所内に保管したというものであるところ、右記載については、東京税理士会の定めた支部経理取扱要領に従い、財産目録に記載するに当たっての摘要としてなされたものであり、右記載がなされた本件各議案書の配付、報告先も、前記のとおり、被告の構成員たる会員及び支部会費の納付について重要な関心を有している東京税理士会に限定されており、その態様において、不当なものとはいえない。なお、本件各議案書が被告事務所内に保管されている点については、本件議案書が一般的に公開されているとか、あるいは将来において一般的な公開が予定されているものであるという事実を認めることはできないから、このことをもって、被告が、会員以外の無関係な第三者に対して、原告の支部会費滞納の事実を公開していると評価することはできない。
5 以上によれば、本件各行為によって、原告の支部会費滞納の事実が、被告の会員及び東京税理士会に明らかになったとしても、当該事実は被告の会員及び東京税理士会にとって重要な事項であるということができ、他方、本件各行為の態様が不当なものとはいえないことを総合考慮すれば、これによって原告の名誉が違法に侵害されたということはできず、その余の点について判断するまでもなく、本件各行為によって被った精神的損害の賠償を求める原告の本訴請求は理由がないというべきである。
第五 結論
以上によれば、本件各訴えのうち、被告の制裁処分が無効であることの確認を求める訴えは不適法なものであるから却下し、その余の訴えに係る請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 裁判官 水谷里枝子)